脅迫
現在住んでいる団地の排水管工事が始まった。
築40年以上なので、水回りを大々的にメンテナンスする。
室内工事も一週間ほどあるため、その間は旅行でもすればいいのだが、夫の透析が問題だ。
国内外、都市部なら透析施設はあるので、「海外でも紹介しますよ」と、主治医から言われてはいる。
夫は、転々とするのは疲れるというので、連泊という話になった。
娘が、「お父さんは海辺で育ってるから、海岸近くのホテルにすれば」と言った。
夫も賛成したので、県内の海辺の地図を眺めていたら、55年前、長男が生まれた頃住んでいた団地の名前が目に入った。
その付近には、賃貸のサービス付き高齢者住宅もある。
この夏、海辺で過ごしてみようか?
夫は、「そんなに長い間は嫌だ」という。
「気晴らしをしたいのよ。今住んでいるところは環境もいいし、40年間トラブルもなかった。でも、飽きた。気分を変えたい」というと、「あんたがいなければ俺は施設に行くしかない」と、恨みがましい言い方をする。
娘一家が、歩いて10分ほどの所に住んでいて、週に1、2回は覗いてくれる。
わたしでなくても、娘や孫娘が手助けしてくれるはずだというと、「あんたがしてくれるようなわけにはいかない。気晴らしをしたいというのなら、その方向で行くしかないな」と、いうことになった。
昔、友人のお母さんが、とっかえひっかえ男を代えるという話を聞いたことがある。
どうしてそんなに気が変わるのかと友人が訊くと、彼女の母親は、「飽きた」と、ひとこと。
「妙に納得した」と、友人は苦笑した。
この場所に飽きた、気晴らしをしたいと言っただけでも、弱い立場にいる人に対しては、脅したことになる。